「英雄たちの朝 ファージングI」ジョー・ウォルトン

英雄たちの朝 (ファージングI) (創元推理文庫)

英雄たちの朝 (ファージングI) (創元推理文庫)

マイミク&フォロワーさんたちの間で大人気のファージング三部作。遅ればせながらわたしもこの第1作を読んでみました。第二次世界大戦ナチス・ドイツと講和条約を結んだイギリスという架空の歴史を背景に、それを主導した政治派閥ファージング・セットをめぐる殺人事件の真相へと迫っていくサスペンス。すべては手のひらの上の出来事と気づいたときにはすでに恐怖政治の大きなうねりに飲み込まれていたという苦い帰結は、しかしまだ序章でしかない雰囲気も確かにあって2作め以降読むのがたのしみになりました。まずこの1作めでとくに印象に残るのはいかにも英国らしいお茶文化へのこだわり。

わたしが今のお茶の飲み方を覚えたのは、若い娘に無駄づかいさせないよう、砂糖が配給制となった戦時中のことだ。砂糖が再び出まわりはじめたとき、わたしの好みはミルクや甘味料を一切入れない薄いお茶に変わっていた。デイヴィッドの好みも、わたしとまったく同じだった。彼は、大陸で飲むフレイヴァー・ティー中国茶は、どれもこんな感じだといった。自宅にいるときわたしたちは、ふたりで選んだシェリーの白磁ティーポットからレディ・グレイをたくさん飲む。

カーマイケルが帰宅すれば、たとえ明け方であっても、ジャックは文句ひとついわずに起きてきて朝食を調え、完璧な雲南茶を日本製のティーポットと茶碗に用意してくれる。だが今、ジャックはのんびり寝ていて、カーマイケルはひとりセイロン茶をすすっている。せめてもの救いは、急いでカップに注いだおかげで、茶葉が蒸れすぎていないことだ。

前者はファージング・セットの中心的存在である名家のお嬢様ルーシー/後者はスコットランドヤードのカーマイケル警部補なのですが、ともに中国茶を好むあたりがやがて容疑者の妻とそれを追う者という関係に同盟的な信頼を生む伏線になっていて心憎いところ。不勉強なので今回初めてナースリー・ティーという習慣があることを知りましたが、ここで供される料理表現のすばらしさは本作のひとつのハイライトといっても言いすぎではないほど五感を刺激してくれます。女性作家ならではという言いかたはあまりしたくないのですが、こういう描写がある小説はやはりまちがいないなと改めて感じたのでした。