さようならデコちゃん

高峰秀子さんが死去 「二十四の瞳」などの名女優(MSN産経ニュース)

mixiのほうに書いた文章をこちらにも載せておきます。ここ数年は足が悪くなり外出もめっきり減ったとどこかで読んだのでいつかはこういう日がくると覚悟はしていましたが、2010年もあと数時間で終わりというタイミングで訃報が届くとは思いもよりませんでした。既に密葬は済ませたというところがいかにもこのひとらしいと思う。ほんとうに悲しい。

今でこそ神保町シアター新文芸坐に出かけるようになりましたがわたしが古い日本映画を観るようになったのはここ3〜4年ぐらいの話で、きっかけは幸田文の「流れる」を読み、その映像化である成瀬巳喜男の「流れる」のDVDを借りてきたことでした。山田五十鈴/田中絹代/杉村春子/栗島すみ子/岡田茉莉子/中北千枝子という錚々たる顔ぶれに、いっしょに観ていた母親が「これ女優がすごすぎる!」としきりに驚いていましたが、当時のわたしにはそれがいかにすごいことかほとんどわかってなかった。そんな中でいちばん印象に残ったのは、芸者置屋のひとり娘なのに家業を毛嫌いしていて、でも他に何か取り柄があるわけでもない自分にも常に苛立っている勝代を演じている女優さんでした。わたしはこのとき初めて高峰秀子という名前を覚えました。
それからレンタルDVDで観られる成瀬作品はすべて借りたり、そのころちょうど日本映画専門チャンネルで毎週金曜の朝10時からやっていた「成瀬巳喜男劇場」を観たり、名画座で成瀬がかかると聞けば極力足を運んだりしました。代表作「浮雲」に象徴されるようにデコちゃんが演じる役は優柔不断なずるい男に引きずられ抜き差しならない間柄になってしまう女性が確かに多いのですが、どんなに苦しんでも傷つけられても単なる惨めに墜ちないきっぱりとした美しさがありました。何よりあの声とあの話し方が好きでした。彼女を介してたくさんの映画や監督や俳優を知ることができた。

流れる [DVD]

流れる [DVD]

流れる (新潮文庫)

流れる (新潮文庫)

浮雲 [DVD]

浮雲 [DVD]

さらに調べていくうちに文筆家としてもすごいらしいと聞いて手に取ったのが「わたしの渡世日記」でした。文庫で上下巻合わせて800ページにも及ぶこの自伝は、彼女が歩んだ時代がそのまま日本映画の歩んだ時代であることを強く実感するほど資料的価値が高く、瞬く間に子役スターになってから引退後まで続いた養母との愛憎の歴史、学校に通えないコンプレックスから読書にふけり人間観察力を磨いた少女時代、歩けば指を指される街中からふと足を踏み入れたことで出会った骨董の世界、精神的に追いつめられる日々から飛び出したくて決心したパリ留学、最後まで愛せなかった女優業へのプロとしての思い、娘のようにかわいがってくれた梅原龍三郎谷崎潤一郎ら多くの文化人との交流など夢中になって読みました。てきぱきとした生活ぶりや首尾一貫した道具選び、旦那さんとのほっこりした関係を綴った数々のエッセイも古本屋で見つけては読みあさりました。
わたしの渡世日記 上 (文春文庫)

わたしの渡世日記 上 (文春文庫)

わたしの渡世日記 下 (文春文庫)

わたしの渡世日記 下 (文春文庫)

デコちゃんを知ってからほんの少しだけ、映画の楽しみが広がったような気がします。ほんとうにほんとうにありがとうございました。ご冥福をお祈りいたします。

とにかく出演作品が多すぎてまだまだ観ていないものも多いのですが、わたしの好きな作品3本を挙げたいと思います。

  • 「秀子の車掌さん」(1941)

初の成瀬作品出演。経営難のバス会社に勤める少女が一念発起してガイドさんになるまで。「会社のためとかじゃないのよ。あたし自分の仕事はちゃんとやりたいのよ」は名台詞だと思う。

木下作品。前年の日本初総天然色映画「カルメン故郷に帰る」の続編でなぜかモノクロ逆戻りですが内容はキュビズムばりにぶっ飛んだ怪作コメディ。まともな女がひとりも出てこない!

同じく木下作品。説明の必要はないほどの名作です。わたしも泣きました。このひとは「笛吹川」でもそうですが老け役がほんとうにうまかった。

木下惠介 DVD-BOX 第3集

木下惠介 DVD-BOX 第3集

二十四の瞳 [DVD]

二十四の瞳 [DVD]