「音もなく少女は」ボストン・テラン

音もなく少女は (文春文庫)

音もなく少女は (文春文庫)

しかし、心から愛する相手に、自分が知っている中で最も強かったのは女だなどとどうすれば説明できる?その女性といるときが一番安心できるなどとどうすれば言える?

「・・・たとえ警察にはわからなくても・・・・・・今は。たとえわたしたちには逃げ通すことができても・・・・・・今は。これから何年も何年も肩越しにうしろを振り返って過ごさなくちゃならなくなる。ロメインに妥協した年月のように。ボビー・ロペスに対処しなければならなかった年月のように。そんなものは要らない。わたしたちには戦う強さがあるんだから。そんな年月なんかどこかへ蹴散らすふてぶてしさがわたしたちにはあるんだから」

信頼するマイミク&フォロワーさんが強くすすめてくれた1冊。1950年代以降のニューヨーク・ブロンクス地区を舞台に耳の聞こえない少女イヴと信心深い母親クラリッサ、さらにイヴに手話をおしえ第2の母的存在となるドイツ人女性フランを描いたハードボイルド・サスペンスです。3人を何度も絶望の淵に追いやる男たちの心身におよぶ暴力には映画「プレシャス」の虐待母が生ぬるく見えるほどの殺意をおぼえてしまう。ナチに聾者の恋人を殺されお腹の子どもを引きずり出されたフランの過去もふくめて、それは歴史の中でためらいなく繰りかえされてきた行為なのだと痛感します。それでも音のない生を受けたからこそ目でとらえられる以上のものを見続けてきた(また見ざるをえなかった)イヴの視線が下を向くことはない。次第に発揮してゆく写真の才能で時に世界と戦い、時に世界とコミュニケートする彼女は最後の作品「創造者/保護者/破壊者」をもって告解と同時に女としての存在証明を高らかに宣言する。この邦題もわるくないのですが、悪徳や堕落の吹き溜まりのような荒れ果てた街で傷ついても打ちのめされても力強く立ち上がる女性たちの姿にはやはり原題「WOMAN」がふさわしいと思いました。ぜひ映画化してほしい傑作。