「奪い尽くされ、焼き尽くされ」ウェルズ・タワー

奪い尽くされ、焼き尽くされ (新潮クレスト・ブックス)

奪い尽くされ、焼き尽くされ (新潮クレスト・ブックス)

1973年生まれのアメリカの作家ウェルズ・タワーの処女短編集を読みました。表題作以外の8編に出てくるのはいずれもかつて持っていたものをさまざまな事情(不動産の下落/痴呆/親の再婚/虐待など)で奪われてしまい、思いがけず自分の奥底に眠る感情に直面するごくふつうのひとびとである。親がデートしている間にレイプされてしまう少年から母の恋人を半殺しにしてきたばかりの係員に物語の焦点が移ったとたん前半の戦慄が尻すぼみになってしまう「遊園地営業中」はいまひとつに感じましたが、冷酷な継父をもつ少年が行方不明の猛獣ペットに抑圧された心をかさねていく「ヒョウ」がとくに印象深かった。そのほか仕事も家庭も失った建築家が荒れた家を直したり海から持ちこんだ生物を飼うことでふたたび調和のとれた世界を構築しようとする「茶色い海岸」、むかし瞑想インストラクターに妻を取られた男がケガをした彼を車で運ぶはめになりその干渉癖に巻きこまれる「下り坂」、美しいいとこを憎む少女の性への暗い接近を描いた「野生のアメリカ」もいいです。この流れで読んできたあとに、もはや奪うものもなくなるほど殺戮と略奪をくりかえしてきた民族が今度はその奪ったものを奪われる恐怖にさらされる表題作がいちばん最後におさめられているのはとてもしっくりくる。いちど手放したものが同じ姿でもどってくることなどありえないとアメリカが気づくのはいつになるのだろう。